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加藤一二三・渡辺明(2020)『天才の考え方-藤井聡太とは何者か?-』読了

本書では、加藤一二三と渡辺明が、それぞれの将棋観を語っています。実際、どちらも中学生でプロ棋士となった天才です。しかし加藤(1940年生まれ、82歳)はアナログ世代、渡辺はデジタル世代(1984年生まれ、37歳)です。

さて、すでに現役を引退している加藤ですが、現在も将棋への愛情・情熱・誇りにあふれた「ひふみん節」は健在でした。「ひふみん節」は、ともすれば「昔話」や「自慢話」になります(とはいえ、加藤のキャラで「嫌味」にも「説教」にもなりませんが)。そんな「ひふ

みん節」の中で、今回は「直感精読」(p.63)という言葉が印象に残りました。後から他の手を思いつく場合もあるが、最初に浮かんだ手を優先的に考えるのが良いという意味で、「ひふみんオリジナル」だそうです。

これに対して、名人・棋王・王将の三冠を保持し「現役最強」と言われる渡辺は、論理的に分析した内容を分かりやすく言語化していました。印象に残ったのは以下です。

・例えば受験生に似たところがあるといってもいい。普段は普通の参考書や問題集を使って勉強していて、試験日が近づいてくれば過去問を解くイメージだ。およそでいえば、対局の二日前くらいから相手に特化した作戦を練りはじめる感じだ。(p.29)

・それだけ事前の情報処理能力に左右される部分が大きくなっているのだ。昭和はもちろん、平成の半ばくらいまでなら、対局場に入ってからの実力が八割、九割といった意味を持っていたのではないかと思う。事前の情報処理能力が持つ意味は、一割、二割程度だったと

いうことだ。それがいまは四割、五割といったところまできている。人によっては五割を超えたと言うかもしれない。(p.32)

・ミスをするかしないかは技術の範疇に入る。一手、間違えただけで負けることもあるが、ミスが多ければ負けると決まっているわけではないのもおもしろいところだ。(p.39)

・AI時代になってからは、記憶しておいた解を頭の中で整理しておき、状況に応じてうまく取り出していく能力も大切になっている。ただそれにしても、実践においては集中力がなければうまく生かすことができない。(p.41)

・将棋のうち運に左右されるのは振り駒くらいである。(p.44)

・将棋は、”人間同士の魂のぶつかり合い“からいまはもっと理詰めになっていて、”解のあるボードゲーム“に寄ってきている。(p.50)

・プロになったすべての棋士に共通しているのは、子供の頃から「尋常でないほど、のめり込める熱意を持っている」という点である。(p.54)

・AIで学ぶのとアナログで学ぶのとをくらべて、何が違うかといえば、そこに「解」があるかないかだ。その差はきわめて大きい。(p.143)

・解がなければ、自分で考えることは自然に増える。最初から解が提示されていれば、やはりそれをしなくなる。自分で漢字を書けることを重視するのか、パソコンを使って正しい漢字を入力できているなら問題ないと考えるのか。どちらがよくて、どちらかが悪いといった問題ではなく、アプローチの方法がまったく違っているわけだ。そういう差が生まれてくるのが時代の流れというものである。(p.144)

・以前ほど「経験」というファクターが勝負の世界で生きなくなっていることも要因の一つに挙げられる。(p.145)

・だからこそ、AIが将棋を変化させたことは間違いがなくても、それが進化とは言い切れない面がある。(p.155)

・AIとの関係についていえば、「対決の時代」から「共存の時代」へ移行していると見ていいのではないかと思う。(p.175)

・その作業(=事前の情報処理)はもはやノルマのようになっていて、「それをやらずに対局場に行っても仕方がない」というくらいの感覚になっている。(p.176)

また渡辺が、2017年にA級順位戦から陥落するなど大きく成績を下げたときの対応(*)も興味深く感じました。(*)①自分の戦型を分析し勝率を算出、②負け越した戦型でも部分的に修正すれば勝てる期待値を算出、③算出した勝率と期待値をもとに対応を検討、④対応を決めたら、腹を括って1年間やり抜く。

そんな渡辺ですが、挑戦者に藤井聡太四冠(2002年生まれ、19歳)を迎えた王将防衛戦において、昨日4連敗を喫して、タイトルを失いました(藤井は史上最年少の19歳6か月で五冠達成)。先日は、タイトル99期で19世永世名人の資格を持つ羽生善治九段(1970年生まれ、51歳)が、29期在位したA級からB級1組へ降級しました。渡辺が言うように、「将棋は、”人間同士の魂のぶつかり合い“からいまはもっと理詰めになっていて、”解のあるボードゲーム“に寄ってきて」おり、「以前ほど『経験』というファクターが勝負の世界で生きなくなっている」のかもしれません。