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ターリ・シャーロット、上原直子[訳](2019)『事実はなぜ人の意見を変えられないのか-説得力と影響力の科学-』読了

筆者は、ロンドン大学ユニバーシティカレッジの教授です。専門は認知神経科学です。「楽観主義バイアス」をテーマにした、TEDにおける2012年の講演でも知られています(*)。(*)Tali Sharot: ターリ・シャーロット: 楽観主義バイアス | TED Talk

今回のテーマは「説得力と影響力」です(原題は『The Influential Mind:What the Brain Reveals About Our Power to Change Others』です。したがって「影響力」(のある心)が主かもしれません)。

筆者は第1章で、客観的事実ではない事前の思い込みや他人の行動が、私たちの日々の意思決定にどれほど影響を与えているかについて、エビデンスと共に説明します。例えば以下です。

・ハーバード大学が行った研究では、人は自分の意見が他人に広まるならば、進んで金銭的利益を見送る傾向にあることがわかっている。(p.13)

・数字や統計は真実を明らかにするうえで必要な素晴らしい道具だが、人の信念を変えるには不十分だし、行動を促す力はほぼ皆無と言っていい。(p.14) 

趣旨は、分析結果や証明といった外部情報によって、人の意見や信念を変えることは難しいということです。

続く第2章~第8章では、人は内部情報によって変わることを、世の中の出来事や自らの経験も踏まえて主張します。例えば以下です。

・まずは相手の気持ちを考慮しなければ意見を変えることはできない。(p.43)

・自分が何かしらの気持ちを抱いただけで、人々の感情を変えられるという事実を、心にとめておくべきだろう。同様に、他人の感情が私たちの気持ちを変えることもある。私たちは常に相手と、そして周囲のすべての人々と互いに同期しあっているのだ。(p.62)

・誰かにすぐさま行動してほしいと望むなら、罰を与えると脅して苦痛を案じさせるよりも、ご褒美を約束して喜びを予期させる方がうまくいくかもしれない。(p.81)

・皮肉に感じるかもしれないが、他人の行動を変えたければ、コントロール感を与えるべきだ。(p.108)

・公私それぞれにおいて人々の生活を向上させるためには、コントロール感の増大を図るのが効率の良い方法なのだ。(p.121)

・意見を求めるかどうかの決め手となるのは、その知識を自分の有利に活用できるかどうか、そしてその評価に対して自分がどんな気持ちを抱くと思うか、の二点である。(p.154)

確かに筆者の主張は一理あると感じました。例えば、イソップ寓話の1つ「北風と太陽」に引き寄せると、外部情報が北風・内部情報が太陽でしょうか。内部情報によって、自ら意思決定してもらうよう働きかけるアプローチに腹落ちしたからです。

しかし最近は、EBPM(Evidence-based Policy Making、エビデンスに基づく政策立案)という言葉にふれる機会も増えました。(政策立案に関する)意思決定に際して、透明性・客観性・検証可能性は不可欠という認識が広がっているからでしょうか。

新年度のスタートを控えたタイミングでもあり、担当する講義や仕掛中の論文についての見直しを行いたいと思います。