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椎名美智(2021)『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』読了

最近良く耳にし、自分も使うことが多い「させていただく」について関心を抱き、本書を手に取りました。筆者は言語学者の先生です。研究者としての深い学識を、分かりやすくかつ丁寧に説明されていました。次の3点を特に印象深く感じました。

①「させていただく」は、最近生まれた言葉ではないこと

実は1871年に落語で使用されていることが確認されているそうです。しかし頻繁に使われるようになったのは、1990年代に入ってからとのことです。

②私たち現代人は、相手を敬うためではなく、自分を丁寧に見せるために敬語を使っていること

「させていただく」を使うと、話し手と聞き手は近すぎず遠ざかりすぎず、絶妙の距離感を保ってコミュニケーションができるそうです。そしてこのつかず離れずの距離感は、現代社会に暮らす私たちが心地よいと感じる他者との関係性や距離感にぴったり合っているとのことです。

③ 敬語は、以前は尊敬語・謙譲語・丁寧語の3分類だったが、現在はそこに丁重語・美化語が加わり5分類であること

戦後の日本社会は人の上下関係を重視する縦社会でした。現在は人のつながりを重視する横社会となっています。社会の変化によって人間関係が変わり、それに伴って敬語も変化してきたということです。

読後は「させていただく」についての理解が深まりました。「させていただく」を平和に使うための、①謙譲形のある動詞はそれを使うこと、②へりくだる必要のないところで使わないこと、③なるべく繰り返しを避けること、という3つのチップも参考になりました。

一方、「「させていただく」の場合は、双方向的で交渉的なコミュニケーションスタイルが、一方的な宣言や報告へと限定化してきている」(163頁)、「「させていただく」はやはり、相手に敬意を向ける謙譲語ではなく、自分の丁寧さを示す丁重語として使われていると考えた方がよい」(190頁)、「これを現在の日本語のコミュニケーション状況として眺めると、表面的な配慮は多様化しているにもかかわらず、実際の対人的側面における交渉的配慮は後退し、コミュニケーション全体としては貧弱化しているとみることができ」る(198頁)という指摘、「じつは、「相手を必要としなくなった」のは「させていただく」だけではなく、現代の日本語の敬語全体が相手を必要としなくなってきているのではないか」(210頁)、「現代日本語の敬語が行き着く先にあるのは、敬意が他者へ向かない敬語、他者を必要としない敬語かもしれ」ない(212頁)という洞察には、考えさせられました。