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オムリ・ベン=シャハー、カール・E・シュナイダー[著]、松尾加代、小湊真衣、荒川歩[訳](2022)『その規約、読みますか?:義務的情報開示の失敗』読了

日常の意思決定に際して、webでの利用規約や注意書き・保険約款を読むことはほとんどありません。本書は、利用規約や注意書き・保険約款などの開示を求める開示義務に着目し、アメリカにおける経緯と現状について論じています(原本は2014年の出版です)。

概要は以下の通りです。結論を先取りすると、開示義務には否定的でした。

第1に、開示義務がどれほど広範かつ大量かについて、具体例を挙げて紹介しています。中でも、「iTuneで99セントの楽曲を購入する際の利用規約を紙に打ち出したところ、大学の吹き抜けロビーの2階の天井から床まで垂らしてもまだ余る様子」には驚かされました。

第2に、広範かつ大量の開示義務がうまく機能しない理由として、「人々がほとんどそれを求めてもいないし、使いもしないからである。研究は、人々が開示に注目しないこと、たとえそれを見たとしても読まないこと、たとえそれを読もうとしたところで理解できないこと、そしてそれを読んだところでその情報を利用できないこと」を挙げています。含意は、情報開示は人々の意思決定に役立たない。理由は、①開示される情報量が多くかつ難解なので読まないから、②仮に読んでも理解できないから。また、③開示情報にかかわらず必要なものは必要であり欲しいものは欲しいからと理解しました。

第3に、立法者の立場からは、①開示の義務付けは魅力的であり安易に採用しがちであること、しかし、②多くの場合上手くいかないことを指摘しています。

最後に、トップダウンの開示義務ではなく、①開示者・利用者・立法者が三方良しとなる対応を丁寧に議論すること、②場合によっては、仲介者による開示とは違う種類の援助(アドバイス)の活用が現実的な解になり得ることを述べています。

なお、「財務諸表がなんらかの意味のある手がかりを提供している大手金融機関は今日存在しない」という、ある億万長者の投資家による銀行の情報開示に対するコメントが紹介されていました(p.100)。

ところで、日本政府は、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から、人的資本情報の開示を義務付ける方針だそうです。出典:2022年9月27日付日本経済新聞電子版 人的資本とは? 23年に開示義務化、戸惑う企業相次ぐ: 日本経済新聞 (nikkei.com)

すでに、開示指針も公表されているようです出典:2022年9月20日付日本経済新聞電子版 人的資本の開示指針「コレじゃない」 優先順位望む企業: 日本経済新聞 (nikkei.com)

これに対して、開示者(企業)からは、開示すべき事項の優先順位やデータ収集の手法を知りたいのに、指針は総花的で資料集にとどまっているという戸惑いの声が聞こえるとのことです。