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シャム・サンダー、工藤栄一郎・大石桂一・潮﨑智美[訳](2021)『財務報告の再検討:基準・規範・制度』読了

本書は、経済学の立場を提示しながら会計学を説く稀有な存在であるシャム・サンダー教授(1)による『Rethinking Financial Reporting : Standards, Norms, and Institutions』の日本語訳です。豊富かつ適切な解説訳注のおかげで理解を深めることができました。先ずは監訳者の先生方に感謝申し上げます。

次に筆者は、①良い財務報告とは何かを検討し(2)、②現状は良い財務報告が達成されているとはみなし得ないことから(3)、③より良い財務報告を選択するためのメカニズムを提案しています。その提案は、「社会成員の間の、曖昧にしか理解されていない相互作用からボトムアップで出現する」(p.87)社会規範を前提に、「ゆるやかな規制監督の下で」「コンセンサス型の会計ルール設定機関」(p.121)によるルール設定が望ましいというものです。

確かに、「財務報告体制というものは「一般に認められた会計原則(Generally Accepted Accounting Principles : GAAP)」という馴染みのある表現の伝統的な意味合いの中に長い間ずっと包摂されてきたように、経営者、会計士、投資家、従業員などのコミュニティの中での一般承認性から生じるもの」(p.3)でした。しかし、「SECの創設以来、一般承認性という伝統の基礎にある進化の精神にはあまり重きが置かれなくなり、審議プロセスを経て会計ルールを作り、制裁を通じてそれを執行することが好まれるようにな」っていたようです(p.97)。

本書は、日頃当たり前に感じている現状の財務報告体制について、考えるきっかけを与えてくれました。今後の研究に活かす所存です。ありがとうございました。

(1)出典:監訳者前書き。

(2)筆者は、「「良い財務報告とは何か」という問題に対してある1つの解答に合意するということはまずあり得ない」(p.9)とした上で、真実かつ公正といった一般に想定されている良い財務報告の属性について検討している。

(3)筆者は、会計基準設定主体による基準設定を通じて、良い財務報告を実現しようという現状について、「起こりうると分かっているすべての事態に備えてルールを定めることはでき」ず、「詳細を書き加えて抜け道を塞ごうとする試みは、新しい抜け道を生み出すだけである」(p.119)と述べている。