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杉本昌隆(2023)『師匠はつらいよ-藤井聡太のいる日常-』、森内俊之(2023)『超進化論 藤井聡太-将棋AI時代の「最強」とは何か-』読了

将棋界にある8つのタイトルを全て同時に制覇し、史上初の八冠となった藤井聡太八冠に関して、①師匠である杉本昌隆八段(1)と②タイトル獲得12期(歴代9位)で永世18世名人の森内俊之九段(2)がどう見ているのか?に関心があり、この2冊を手に取りました。

①杉本八段

師匠として藤井八冠を引き当て育てたこと、そして本業である棋士としてよりも「藤井八冠の師匠」として有名になったことによる複雑な胸の内を、自虐ネタを交えながらユーモラスに描いています。他のお弟子さんたちとの関係も良好そうでした。雰囲気の良い杉本一門から藤井八冠が輩出されたことが伝わってきました。

②森内九段

藤井八冠の最近のタイトル戦を取り上げた局面解説が興味深かったです。AIの評価値とは一味違う、一流棋士の感性や経験に基づく解説を通して、ほんの少しですが、将棋の本質に触れることができた気がします。

一方、「将棋はゲーム理論では「二人零和有限確定完全情報ゲーム」に分類され、先手勝ち・後手勝ち・引き分けのうちのいずれかで結論が決まっている。結論が決まっている、ということは、“計算ですべてが解決できる”ということを意味している」(p.133)ことから、「お互いの研究が嚙み合ってぶつかり合い、かなりのところまでハイテンポで進む、という展開が多くみられた。対局開始1時間ですでに勝負所の様相を呈していることもあ」(p.72)り、「角換わりは研究が進んでいる定跡系で手の進みが早い。中盤と呼べる攻防が少なく、あっという間に終盤に入る展開になることが多い。結局、研究量と終盤力がものを言う将棋になる」(p.80)と述べています。なるほど、研究量(3)と終盤力(4)がものを言うのが現代将棋なら、藤井八冠に敵う棋士はいるのか?という素朴な疑問が浮かびます(5)(6)

10年ほど前、「これ以上、人間とAIが戦っても意味がない-つまり、「人間はAIにもう勝てない」という事実が、誰の目にも明らか」(p.133)になりました。現在の藤井八冠は、当時のAIに近い存在なのかもしれません。だからこそ、今後(5~10年)の将棋界がどのように変わっていくのか、関心を持って見守りたいと思います。

(1)1968年生まれ。

(2)1970年生まれ。羽生世代。

(3)例えば、「藤井さんは、誰よりも将棋を楽しんでいるように見える。藤井さん自身も、それが原動力だとわかっている」(p.129)のであれば、研究も楽しんでいるのだろう。

(4)実際、「AIの発展があり、序盤と中盤は局面の適切なパターン分けを行い理解を深めることで、より高いレベルに到達しやすくなった。ところが終盤になると、よく似た形、同じような局面であっても、結論が違ってくるということが頻繁に起こる。・・・だから終盤では、純粋にその棋士個人の「計算力」がものをいう。プロレベルで、飛躍的に終盤力を伸ばすのは簡単なことではない」(p.99)が、「藤井さんはその中で、並みいる棋士を抑えて2015年、小学6年生のときに全問正解で初優勝しただけでなく、以降、5連覇を達成している」(p.112)ことから、プロ入り前に、詰将棋を通して圧倒的な終盤力を身につけていたのだろう。

(5)実際、第73期王将戦七番勝負の第4局で、藤井王将は挑戦者の菅井竜也八段を破り、4勝0敗で3連覇を果たした。これでタイトル戦は20連勝(タイトル獲得20期は歴代6位)。出典:2024年2月8日付日本経済新聞電子版藤井聡太八冠、タイトル戦20連勝の新記録 王将戦3連覇 - 日本経済新聞 (nikkei.com)

(6)例えば、タイトル獲得99期(歴代1位)で永世七冠の羽生善治九段について、「羽生さんはここ数年、ガチガチに研究を用意するというよりは、実戦における思考や一瞬のひらめきを大事にする姿勢が強かった。ところが、今回は明確にAI研究を取り入れて、工夫した作戦を使って藤井さんに挑んできた。「現在の環境に合わせ、スタイルを変えていかなければ勝ち抜くことは難しい」百戦錬磨の羽生さんをもってしても、そう判断したのだろう」(p.211)と評している。